大阪城に入るときにSophiaがこう言いました。
「Do we enter the castle?」
「Yes」と答えた僕は「そうか入るのは『Enter』か、、」と思い
つつ(この時は「Go」と言ってたよ)チケットを3枚購入しみん
なで大阪城の中に入っていきました。
日本のお城というものは果たして彼女たちの目にどう映るのか?
中国人や韓国人の彼女たちはどう思ったかを聞きたかったのだ
が、この時の語学力ではどう質問して良いのか全く検討もつか
なかった、と言うのが事実である。
今だったら「How was it?」なんてとっても当たり前のように
聞くことは出来るんですが、そんな簡単な質問すら出来ない状
態(多くの日本人がそうであるように)だったので、会話とい
うものが成り立たないのでした。
大阪城は言うまでもなく豊臣秀吉が作ったことで有名であり、
江戸時代以後は徳川家が建て直したにも関わらず、お城の中の
展示物には「豊臣秀吉」があふれているのは秀吉びいきの大阪
人が今の大阪城を管理しているから、なのでしょう。
さてその展示物の中で秀吉の朝鮮出兵に関する絵が何枚かあった。
その絵の横には日本語と英語で朝鮮出兵に関するエピソードや
解説が詳しく書いてあるパネルがあった。そのパネルを韓国人の
Dahinが興味深げに読んでいた。
僕はふと思った。
豊臣秀吉を韓国人からの目で見るとどう映るのであろう??
韓国では豊臣秀吉や加藤清正は大悪人である、と教えられてい
るということを聞いたことがある。
「豊臣秀吉を知ってるか?」
「豊臣秀吉と言う人をどう思う?」
こんな質問をしたかったなぁ、、と今更ながらに思う。そして
朝鮮出兵の経緯などを説明できたら良かったのになぁ、とも。
またSophiaの方は歴史に興味があるらしく、解説パネルを見て
は僕の時々質問してきたが、もちろん上手く答えられるはずもな
かったが、彼女が大阪城が燃えているビデオを見ていて僕に何か
聞きたそうだったので
「The castle is fire!!」
と答えたら納得したような顔をしたのでホッとした。
本当は「The castle was fire!!」だけど気にしない気にしない(笑)
そんな風にして大阪城を後にして我が家へと向かったのであった。
2012年2月13日月曜日
2012年2月5日日曜日
ホストファミリー その2
マッチングパーティーと称したそのパーティは天満橋のある
その時、何を話したのだろう、、、
こんな簡単な質問が飛んできたけど、最初の質問で「Little」
と答えているのでたぶん彼女たちの中では、「じゃあこれぐら
いの会話にしかならないよね」と手加減してくれたのであろう
あまり小難しい質問は飛んでこなかったように思うが、いかん
せんその時の記憶はあまり残っていないのである。
また中国人のSophiaと話しているときに、Sophiaの英語が聞
き取れない事があった。困った顔をしているとSophiaの英語が
悪いと思ったのだろうか彼女の友人がやってきて恐ろしく流暢
な英語で彼女が言ったことを説明してくれた、、のだが
「流暢すぎてもっとわからんよ、、、」
ぽつりとつぶやいしてしまった。そしてその友人は僕の表情を
見て「こりゃダメだ」と思ったのであろうか、さっとまた帰っ
て行った。
そんなこんながあったが、パーティも終わり、個々がバラバラ
に行動する事になった。そして二人に「どこに行きたい?」と
聞いてもあまり答えが返ってこなかったので、ホテルから歩い
ていける大阪城に行く事にした。
行く道々、何をいったい話していたのであろう、、、
ほとんど記憶に無いのであるが、こんな会話をした覚えがある。
僕「今日の晩ご飯はお好み焼きにしようと思っているんだ」
韓「お好み焼きってどんなやつですか?」
僕「う~ん・・・・」
韓「たこ焼きみたいなやつ?」
僕「おぉ、そうです!」
中「たこ焼きってなんですか」
韓「#$%&’%$#$%&’」(何を説明したのかわからず)
中「それは美味しいのですか」
韓「もちろんよ!」
中「美味しいのだったらいいわ!」
さて「お好み焼き」をどう説明すればよいか・・・今だって結
構難しいぞ!!
でも簡単に「Japanese Pizza」と言ってしまえば良いんだけど
とっさにそんなものが浮かぶわけでもないしね。。。
韓国でたこ焼きが売っていると言うのにはちょっと驚いたけど
韓国人のDahinは推測で「たこ焼き」を思いついたのはすごかっ
たと思う。
事実Dahinの方が英語のみならず語学力は高く、幼い頃に中国に
住んでいたこともあって中国語も話せたのでした。
そして興味があるのか無いのか分からなかったけど見せておきた
い、と思って大阪城の中まで入ることにしたのでした。
ホテルの一室に集合せよ、と書いてあった。
僕をこれに誘った友人は来られない、とメールをもらってい
たので知っている人は僕がホストファミリーになってくれる?
とお願いしたYさんとNさんだけである。
会場に入って座っているとYさんの姿が見えた。これは後で
聞いたことだがYさんはホストファミリーを何年も続けてお
り(今回のように1日だけじゃなく年単位で)、今回のお願
いにも2つ返事で引き受けてくれたのであった。
そんなYさんに僕がその時もっとも気にしている事を質問し
てみた。
「Yさん、英語できるんですか?」
つまらない質問だし、もしたとえ「私できないんです」と言
ったとしても「それだからどうなる」ワケでもないのですが
この時は「出来ないもの同士の連帯感」が欲しかったわけです。
しかしYさんから発せられた言葉は違った。
「まぁ、日常会話ぐらいわね」
この「ぐらい」というところに折れました、、、心が。
じゃあ日常会話すらも出来ない僕が果たして海外からの訪問
者に対してどう接すればいいのか、、、
しかしそんなのを気にしている時間はもう無い。
番号札をもたされた僕は、同一番号を持った二人が見つけて
くれるのを待った。そして僕の番号を見つけた二人が満面の
笑顔で駆けつけてきてくれるのを、満面の笑顔で出迎えたの
であった。
その時、何を話したのだろう、、、
「英語を話すことは出来ますか?」
「子供はいるんですか?」
「何歳ですか?」
「男の子ですか?女の子ですか?」こんな簡単な質問が飛んできたけど、最初の質問で「Little」
と答えているのでたぶん彼女たちの中では、「じゃあこれぐら
いの会話にしかならないよね」と手加減してくれたのであろう
あまり小難しい質問は飛んでこなかったように思うが、いかん
せんその時の記憶はあまり残っていないのである。
また中国人のSophiaと話しているときに、Sophiaの英語が聞
き取れない事があった。困った顔をしているとSophiaの英語が
悪いと思ったのだろうか彼女の友人がやってきて恐ろしく流暢
な英語で彼女が言ったことを説明してくれた、、のだが
「流暢すぎてもっとわからんよ、、、」
ぽつりとつぶやいしてしまった。そしてその友人は僕の表情を
見て「こりゃダメだ」と思ったのであろうか、さっとまた帰っ
て行った。
そんなこんながあったが、パーティも終わり、個々がバラバラ
に行動する事になった。そして二人に「どこに行きたい?」と
聞いてもあまり答えが返ってこなかったので、ホテルから歩い
ていける大阪城に行く事にした。
行く道々、何をいったい話していたのであろう、、、
ほとんど記憶に無いのであるが、こんな会話をした覚えがある。
僕「今日の晩ご飯はお好み焼きにしようと思っているんだ」
韓「お好み焼きってどんなやつですか?」
僕「う~ん・・・・」
韓「たこ焼きみたいなやつ?」
僕「おぉ、そうです!」
中「たこ焼きってなんですか」
韓「#$%&’%$#$%&’」(何を説明したのかわからず)
中「それは美味しいのですか」
韓「もちろんよ!」
中「美味しいのだったらいいわ!」
さて「お好み焼き」をどう説明すればよいか・・・今だって結
構難しいぞ!!
でも簡単に「Japanese Pizza」と言ってしまえば良いんだけど
とっさにそんなものが浮かぶわけでもないしね。。。
韓国でたこ焼きが売っていると言うのにはちょっと驚いたけど
韓国人のDahinは推測で「たこ焼き」を思いついたのはすごかっ
たと思う。
事実Dahinの方が英語のみならず語学力は高く、幼い頃に中国に
住んでいたこともあって中国語も話せたのでした。
そして興味があるのか無いのか分からなかったけど見せておきた
い、と思って大阪城の中まで入ることにしたのでした。
2012年1月28日土曜日
ホストファミリー その1
「娘がいずれ海外留学に行く・・・」まだ決まってないのだが、我が家
ではそんな漠然とした目標の空気が漂っていたように思う。
そんな折り僕の友人から一通の電子メールが届いた。
「今ホストファミリーを募集しているのですが、やってもらえませんか?」
「ホストファミリー」言葉ではもちろん知っているのだが、いったい何を
するためのものなのか、どうやってその役割を果たしたらよいのか、、、
詳しく確認するために電話をしてみた。
どうも、、
総務省の事業で中国と韓国から一人ずつ若い学生を一日だけ受け入れて
(宿泊させて)「日本の家庭とはこんなものだよ」と知ってもらうための
ものらしく、そのために彼らを受け入れてくれる日本の家族を捜している
のだけれどなかなか見つからない。
と言うことらしい。
「英語しゃべられへんねんけど大丈夫やろか??」
僕は一番の不安点を聞いてみた。すると
「向こうもネイティブじゃないんで大丈夫よ!」
後からよーく考えたら「んんっ?」という答えであったがその時は何故
かその答えで「なるほど!」と思い、一気に「受け入れてみるか」に変
わったのであった。とんだおっちょこちょいであるが、今の人生を振り
返るとおっちょこちょいで有ったがために起こったいろんな出来事を逆
に楽しみとしている自分を見つけることができるのです。
そして受け入れる側の条件もいろいろ有るみたいだったけれど、どうも
それは我が家はクリアしているようでした。じゃあ受け入れるためにど
うやって話を進めて行くか?だなぁ、、、
そこでまずは僕一人で考えてみた。
部屋は子供達が嫁さんの部屋で寝ることによってまるまる一部屋空ける
ことが出来るし、ちょうど部屋には2段ベッドがあるので、二人はそこで
寝てもらうことが出来る。しかし問題は嫁さんだなぁ、、見知らぬ二人の
しかも外人をたった一日といえども家に宿泊させる、というのは都会に住
む日本人にとっては「考えられない」ことである。
もちろんお客様用の部屋も無ければ、布団も無い、普段からさほど綺麗に
しているワケじゃないその家へ他人を宿泊させるためには相当の努力をし
なければならない。
何故にそんな努力をする必要があるのか???
普通の人ならそう考えるだろうな、、、と思った。
実際電話をかけてきた友人に聞いてみると旦那さんからはOKをもらって
も奥さんにお伺いを立てた段階でNGとなるケースがほとんどらしい。
そりゃ家の掃除や訪問時の料理などは奥さんの「腕」にかかっているわけ
であり、奥さんの了解無く(意向を汲まずして)ホストファミリーになれ
るワケがないのであった。
さてどう言い出そう、、、いろいろと迷ったが我が家は他の家族と同様に
「旦那大賛成、しかし嫁さんの腰重し」の家庭であることは容易に想像出
来る。。。しかし僕には切り札があった。
それは
「娘が海外留学に行くんだもの!」
というコト。
この作戦は成功した。というよりこの作戦無くては成功しなかった、と言
い直しても良いかもしれない。。。
しかし条件が付いた。
1.部屋の掃除はアナタがしてね、、
2.彼女たちの送り迎えはアナタがしてね
1は良いとしても2の送り迎えは想像ができない、、、
英語がしゃべれない僕がどうやって彼女たちとコミュニケーションを取れ
ばいいのか、、ボディランゲージ?そんなものずっとそれじゃ無理だしね。
今から勉強?一ヶ月やそこらで何するものぞ。
その時はいろいろ考えたが、考えても無駄なことを悟った。
なぜなら「質問文ってどう作るんだったっけ??」という状態。
とりあえず買ったのはこの本です。
「相手にどんどん質問する英会話」

しかし所詮は付け焼き刃、臨機応変に会話ができるのなんてあり得な
い話で、つまるところ「なるようにしかならん、、、」とあきらめた。
そう思って受け入れの日を迎えたのであった。
ではそんな漠然とした目標の空気が漂っていたように思う。
そんな折り僕の友人から一通の電子メールが届いた。
「今ホストファミリーを募集しているのですが、やってもらえませんか?」
「ホストファミリー」言葉ではもちろん知っているのだが、いったい何を
するためのものなのか、どうやってその役割を果たしたらよいのか、、、
詳しく確認するために電話をしてみた。
どうも、、
総務省の事業で中国と韓国から一人ずつ若い学生を一日だけ受け入れて
(宿泊させて)「日本の家庭とはこんなものだよ」と知ってもらうための
ものらしく、そのために彼らを受け入れてくれる日本の家族を捜している
のだけれどなかなか見つからない。
と言うことらしい。
「英語しゃべられへんねんけど大丈夫やろか??」
僕は一番の不安点を聞いてみた。すると
「向こうもネイティブじゃないんで大丈夫よ!」
後からよーく考えたら「んんっ?」という答えであったがその時は何故
かその答えで「なるほど!」と思い、一気に「受け入れてみるか」に変
わったのであった。とんだおっちょこちょいであるが、今の人生を振り
返るとおっちょこちょいで有ったがために起こったいろんな出来事を逆
に楽しみとしている自分を見つけることができるのです。
そして受け入れる側の条件もいろいろ有るみたいだったけれど、どうも
それは我が家はクリアしているようでした。じゃあ受け入れるためにど
うやって話を進めて行くか?だなぁ、、、
そこでまずは僕一人で考えてみた。
部屋は子供達が嫁さんの部屋で寝ることによってまるまる一部屋空ける
ことが出来るし、ちょうど部屋には2段ベッドがあるので、二人はそこで
寝てもらうことが出来る。しかし問題は嫁さんだなぁ、、見知らぬ二人の
しかも外人をたった一日といえども家に宿泊させる、というのは都会に住
む日本人にとっては「考えられない」ことである。
もちろんお客様用の部屋も無ければ、布団も無い、普段からさほど綺麗に
しているワケじゃないその家へ他人を宿泊させるためには相当の努力をし
なければならない。
何故にそんな努力をする必要があるのか???
普通の人ならそう考えるだろうな、、、と思った。
実際電話をかけてきた友人に聞いてみると旦那さんからはOKをもらって
も奥さんにお伺いを立てた段階でNGとなるケースがほとんどらしい。
そりゃ家の掃除や訪問時の料理などは奥さんの「腕」にかかっているわけ
であり、奥さんの了解無く(意向を汲まずして)ホストファミリーになれ
るワケがないのであった。
さてどう言い出そう、、、いろいろと迷ったが我が家は他の家族と同様に
「旦那大賛成、しかし嫁さんの腰重し」の家庭であることは容易に想像出
来る。。。しかし僕には切り札があった。
それは
「娘が海外留学に行くんだもの!」
というコト。
この作戦は成功した。というよりこの作戦無くては成功しなかった、と言
い直しても良いかもしれない。。。
しかし条件が付いた。
1.部屋の掃除はアナタがしてね、、
2.彼女たちの送り迎えはアナタがしてね
1は良いとしても2の送り迎えは想像ができない、、、
英語がしゃべれない僕がどうやって彼女たちとコミュニケーションを取れ
ばいいのか、、ボディランゲージ?そんなものずっとそれじゃ無理だしね。
今から勉強?一ヶ月やそこらで何するものぞ。
その時はいろいろ考えたが、考えても無駄なことを悟った。
なぜなら「質問文ってどう作るんだったっけ??」という状態。
とりあえず買ったのはこの本です。
「相手にどんどん質問する英会話」
しかし所詮は付け焼き刃、臨機応変に会話ができるのなんてあり得な
い話で、つまるところ「なるようにしかならん、、、」とあきらめた。
そう思って受け入れの日を迎えたのであった。
2012年1月22日日曜日
娘の海外留学
僕には「公立中学に行ったら、きっと安きに流れてしまうだろう」
と言う娘がいる。つまり現在の公立中学は勉強に対してさほどキビ
シくなく、うちの娘のような「流されやすい」タイプの人間はきっ
と「安き」方向に流されてしまうだろう、というような娘がいるわ
けなのです。
そんな娘に「キビシく勉強させる環境を」と嫁さんが選んできたの
が近所の私立の中学であり、最初は何のことか分からなかった娘も
どこが気に入ったのかその中学校(ちなみに中高一貫校です)が気
に入ったようで小学校5年生ぐらいの夏休み過ぎたぐらいからだろ
うか、「中学受験」向けの塾に通い出したのであった。
母親の思惑と子供の思惑は一緒だったかどうか、、いや間違いなく
違うと思うけど(笑)、娘は中学受験を無事乗り越えられた、とい
うのはこれはまぁ褒めてあげなければならない事ではある。
少なくとも「中学受験用」と銘打たれた算数の問題集を見て頭を抱
えたのは他でもないこの僕なのだ。
さてそんな娘が合格したクラスが「英語課」であり、これはまぁ、
「普通課」ではあまり聞こえがパッとしないので「英語課」にした
ようのもので、これと言ってやってることは普通課と変わらず、こ
こを卒業するとネイティブ張りに英会話が出来るようになるかとい
うと、まず本人がアメリカの鉢巻きを巻いてカリカリ英語ばかり勉
強しているような生徒以外はまず無理なのですね。。
しかしこの学校の良いところは「英語課」の生徒は就学中に海外留
学を行うことが出来て、1年後に戻ってきても学年が遅れることが
無くそのまま同学年に合流出来る、という制度があるのです。
はっきり言って1年間日本のカリキュラムを勉強をしてなくて戻っ
てきた後にスムーズに合流出来るかというと「まず無理!」だとは
思うのだが、1年間の海外留学での経験と1年間の日本のカリキュ
ラムとを差し引きするとやはり海外留学のほうが「経験値」として
は優位になることは間違いない、、と考えたのです。
行く期間は高校1年生の3学期(1月)から2年生の2学期末(12月)
までの約11ヶ月。修学先はニュージーランドかオーストラリア。
となってなっている。
正直高校生の女の子をひとり海外に1年間住まわせる、ということ
は親にとってはいろんな意味で心配ではあるが、心配なのは日本に
いても同様の心配は少なからずある、、なので僕たちとしてはいか
にハプニングを気丈に乗り越えることが出来るか、、乗り越えられ
る精神力を作ることが出来るか、そこに彼女の成長を見ることさえ
できれば海外に送り出す「価値」がある!と自分たちに言い聞かせ
てその不安を取り除いていたのでした。
てその不安を取り除いていたのでした。
そして中学2年の時に「海外留学へ行きたい人」の募集があり、
(原則ある程度の成績をクリアしていれば誰でも行ける)僕たちは
「行きます」に丸をつけたのでした。。。
2012年1月14日土曜日
英会話勉強したいけれど・・・
巷では「英会話がこれから必須」とか「会社の公用語が英語」
などと言う話を聞くと
「英会話やらないとダメなのかなぁ、、、」
と思っている人は多いと思います。
また現実的な話「自分の日常生活において英語が必要?」とい
う問いかけに関しては「まったく必要なし」と答える人が多い
と思う。
実際僕もそうだったし、今もそうである。
英語が話せなくっても困る場面なんてほとんど無い。
ただ、コンピュータのソフトウェアを開発しているという仕事
上、英文での説明や分からないことをネットで検索するときに
英語のサイトで情報を探すということがある。そんな時は英語
に触れはするものの「英会話」が必要になるかというと否とい
うことになるであろう。
なのでただ漠然と「英語が話せるようになれたらなぁ、、」と
思っていてもその先へ進む人は少ないように思います。
現に僕も英会話を初めて他の方に対して「やらない?」と言っ
てみてもほとんどの方が「いいなぁ」とは言うのですが「やる」
と言う人はごく少数のであり、始めたとしても長く続かない人
が多いのはやはり「必然性」が無いからなんでしょうね。
45歳から英語を始める、などというのは実はとてもしんどい
ことであり、また時間的にも1日の中で例えば20分とか30分
ぐらい割いて英語の取得に努めるというのは、家に帰ってご飯
を食べて(お酒なども飲んで)くつろいだ後に果たして出来る
のか??出来たとしても続くのか??
英文法を勉強し直し、英単語を覚え、リーディング、リスニング
スピーキングの練習を繰り返す・・・
・・・無理ですよね?(笑)
半年先にニュージーランドに移住する、とか、仕事で客先と英
語で話をしなければならない、とか、海外からの留学生を1年
間ホームスティで受け入れる、とかね、、、それぐらいの強い
「必然性」が無い限り無理なのではないかと思うのです。
少なくとも「映画を字幕無しで見れるようになりたい」ぐらい
の必然性ではね。。。
さてではそんな「必然性」を持っていない人にこそこのブログ
を読んでもらいたいのです。
そして、
如何に必然性が無いところから必然性を生み出していくのか?
それがこの歳から英語を勉強する鍵だと思っているのです。
そのきっかけの一端にでもなればと思い、このブログを始めよ
うと思っています。さてどれぐらい続くのだろうか・・・
などと言う話を聞くと
「英会話やらないとダメなのかなぁ、、、」
と思っている人は多いと思います。
また現実的な話「自分の日常生活において英語が必要?」とい
う問いかけに関しては「まったく必要なし」と答える人が多い
と思う。
実際僕もそうだったし、今もそうである。
英語が話せなくっても困る場面なんてほとんど無い。
ただ、コンピュータのソフトウェアを開発しているという仕事
上、英文での説明や分からないことをネットで検索するときに
英語のサイトで情報を探すということがある。そんな時は英語
に触れはするものの「英会話」が必要になるかというと否とい
うことになるであろう。
なのでただ漠然と「英語が話せるようになれたらなぁ、、」と
思っていてもその先へ進む人は少ないように思います。
現に僕も英会話を初めて他の方に対して「やらない?」と言っ
てみてもほとんどの方が「いいなぁ」とは言うのですが「やる」
と言う人はごく少数のであり、始めたとしても長く続かない人
が多いのはやはり「必然性」が無いからなんでしょうね。
45歳から英語を始める、などというのは実はとてもしんどい
ことであり、また時間的にも1日の中で例えば20分とか30分
ぐらい割いて英語の取得に努めるというのは、家に帰ってご飯
を食べて(お酒なども飲んで)くつろいだ後に果たして出来る
のか??出来たとしても続くのか??
英文法を勉強し直し、英単語を覚え、リーディング、リスニング
スピーキングの練習を繰り返す・・・
・・・無理ですよね?(笑)
半年先にニュージーランドに移住する、とか、仕事で客先と英
語で話をしなければならない、とか、海外からの留学生を1年
間ホームスティで受け入れる、とかね、、、それぐらいの強い
「必然性」が無い限り無理なのではないかと思うのです。
少なくとも「映画を字幕無しで見れるようになりたい」ぐらい
の必然性ではね。。。
さてではそんな「必然性」を持っていない人にこそこのブログ
を読んでもらいたいのです。
そして、
如何に必然性が無いところから必然性を生み出していくのか?
それがこの歳から英語を勉強する鍵だと思っているのです。
そのきっかけの一端にでもなればと思い、このブログを始めよ
うと思っています。さてどれぐらい続くのだろうか・・・
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